内丹文献訳注稿β RSSフィード

0141::1000悟真篇註疏:解説

はじめに

 本訳注稿は、宋代以降の道教錬金術の中心経典の一つである『悟真篇』に関して、そのもっとも代表的な注釈書である『悟真篇註疏』(以下註疏)及び『悟真篇直指詳説三乗秘要』(以下直指詳説)を現代日本語翻訳しつつ、理解に供する注釈を付することを目指すもので、紙媒体として「『悟眞篇註疏』注釈稿(一)」(東洋大学大学院紀要42、東洋大学2005年)、「『悟眞篇註疏』注釈稿(二)」(東洋大学大学院紀要43、東洋大学2006年)に掲載されたものをもとにオンライン化したものである。また本注釈稿は、平成十七年度井上円了記念研究助成金研究道教内丹文献の電子翻刻に関する研究」の成果の一部であり、ポータルサイトとして内丹.nethttp://www.naitan.net/)を構築中である。

 

本注釈稿のコンセプト

 本注釈稿は、平成十六年度井上円了記念研究助成金研究道教内丹文献の書誌学研究」の成果の一部であり、紙媒体での発表後、インターネット上で公開して適宜加筆訂正を加えていく予定である。道教内丹文献の研究は近年盛んになってきているが、文献内容の難しさのためにいまだ個々の文献ごとの研究にとどまっているのが現状といえる。そこで本注釈稿を初めとして、複数の文献を電子化し、データベースとして利用できるようにすることで、「内丹」研究全体の基盤を広げることができるだろう。また電子テキストの製作・公開については、道教関係では六朝期のものが公開されているが*1が対象とする「内丹」文献に関するもので信頼に足る電子テキストは多くない。

 したがってこの点についても資するところが大きいと考える。こういった全文データベースについては、書誌学研究による原データの信頼性も重要なのはもちろんだが、他方「量」から「質」への変化も顕著にみられる領域でもあり、サンプルデータを一定以上準備することが研究全体の質的向上に貢献する。

 コンピュータの多言語処理能力の上昇にともない、現在中国学の分野では研究に必要な基本文献の電子化が急速に進められており、近年も漢籍の一大叢書である『四庫全書』(約8億字)が全て電子化され内容を隅から隅まで検索できるようになっただけでなく、『四部叢刊』や『歴代石刻彙編』など陸続と大規模データベースの構築が行われるようになってきており*2、その発展はめざましいものがある。また仏教に関しては経典の一大叢書である『大正蔵』の電子化がほぼ終了し『続蔵』の公開が開始され*3韓国に伝わる経典群である『高麗大蔵経』も電子化されている*4。ところが本研究計画の対象である「道教」の研究においては、この世界的な傾向に追いついていないところがある。その原因の第一は「道教研究においては書誌学研究がじゅうぶんでない領域がまだ多く存在するからである。というのも「道教」は儒教仏教とともに中国三大思潮の一つとされ、中国思想史においては必要不可欠な要素であるが、文献の内容に宗教的な要素が高いため、難解な言辞が多く、中国学の分野では特に読解に苦労する文献群が多いとされてきた。このため古典研究の基礎作業である文献の校訂、翻訳、注釈といった書誌学研究が他の儒教仏教に大幅に遅れているのが現状だからではないだろうか。基礎作業が遅れていれば研究も全体として他の分野より遅れざるを得ない。これが「道教研究現在古典研究電子化の波に追いついていない原因の一つと考えられる。

 とはいえ、現在では、古典電子化技術が発達したことにより、難解な文献も電子化するのが比較的容易になった。そして重要な文献を数多く電子化することができれば、データベースとして運用し文献相互を関連付けることが可能になり、結果としてより効率よく個々の文献への書誌学的作業を行うことができるようになると考えられるのである。つまり他の分野の進めてきた研究の段階とは逆の方向から作業を開始することで、道教思想の基礎研究の不足を効率よく補おうという計画であり、本注釈稿はそのささやかな第一歩である。

 

『悟真篇註疏』の版本について

 本注釈稿では、『道書全集』所収の『金丹正理大全』本の『悟真篇註疏』を底本とし、本文校訂にあたっては、道蔵本、四庫全書本や別行の『金丹正理大全』本を使用することとしたい。常道であれば、道蔵本を底本として、清朝考証学的なオリジナルテキストの復元を目指すべきあるが、本注釈稿においては、当時の思想史的な文脈の把握に重点をおいて、より流布したであろう版本に検討を加えていくことを目的とする。

 実際、翁葆光の注釈については本来の『悟真篇』の解釈から外れた理解であるという批判もある。筆者も少なからず同意するが、しかし思想史的な視点からすれば、どう受容されてきたかという点も重視すべきであろう。

 以上の立場から、本注釈稿では、まず『四庫全書』の解題を翻訳することで最大公約数的な理解を知り、次いで註疏本篇及び直指詳説へと注釈作業を進めていくこととしたい。